Wada Y, Yamamoto H, Nanbu S, Mizuno M and Tamura M.               

The suppressive effect of enamel matrix derivative on osteoblastic differentiation is neutralized by an antibody against TGF-β. J Periodontol. 2008; 79:341-347

この論文は私にとって生涯忘れられない、大げさに言えば人生を変えた論文です。この論文がなければ、その後の私の歯科学に関する考え方も違ったものになったかもしれません。この論文のポイントはエムドゲインとは何か?というものです。

エムドゲイン(EMD)はもともと歯胚の発生において、エナメルタンパクが歯周組織を誘導するという理論によって、歯周病で失われた歯周組織を再生するというコンセプトで生まれました。そして一般的にはそのように認識されてきました。しかし近年、歯胚(またはその周囲組織?)に含まれる成長因子様のある因子が作用しているのではないかという、ことが提唱されてきました。そしてその候補として、BMP,TGF-βなどが挙げられていました。

この実験はEMD中のTGF-βの存在をかなりシンプルな方法でほぼ証明した論文です。自分で言うのもなんですがかなりよくできた論文です。それは実験方法が素晴らしいとかそういうことではなくて、私にとっては論理的にとてもよく構成されている論文だと思うからです。それは私の上司のM先生に教わったところが大きいのですが、その後の私の論文作成に大きな影響を与えました。「論文とは論の文である」ということを当たり前ですが認識したのです。論文は作文や随筆とは違います。自分の思った意見を述べるとか、ただ起こったことを描写するとかそういうことではありません。

まず我々は最初にエムドゲインは成長因子ではないか?という仮説を立てました。この仮説が重要で、これがなかったり、その立て方が間違っていたりするとその実験はろくなことになりません。(ただし仮説が正しいことがすごく重要なわけではありません。その仮説を立てるまでにいろいろな予備実験があるのです)そしてその仮説を証明するためにはどのような実験が必要かを、参考文献で調べながら進んでいくのです。

まず我々はエムドゲインを可溶性因子(成長因子)と不溶性因子(アメロゲニンなど?)に分離することを試みました。これはちょっと考えが甘くてあまり意味のないものだったのですが、この二つを別々に考えることはこの研究に大きな示唆を与えてくれました。

エムドゲインと骨芽細胞.jpgのサムネイル画像

この実験ではMC3T3-E1細胞という非常によく用いられる、マウスの株化された骨芽細胞様細胞を用いました。そしてEMDが長期的にオステオカルシン(OCN)のmRNA発現、蛋白発現、石灰化を抑制することがわかりました。この時点でほかの以前の論文と結果が異なっていたのですが、条件などの違いと判断し、さらにRUNX2、オステオポンチンなどの短期発現に対するEMDの影響を調べそれが単離されたTGF-βの作用に酷似していることを確認しました。しかし作用の仕方が似ているというそれだけでEMDの作用がTGF-β抗体によるものであるとは言えません。

そこで中和実験(neutralization)を行いました。つまりEMDのOCN発現抑制作用がTGF-β抗体によって変化するかを調べました。この実験は条件設定が難しく、何度か実験を行いましたが、その結果は見事に、EMDの作用はTGF-β抗体を加えることにより消失しました。つまりEMDのOCN発現に対する作用はTGF-βが関与していることが証明できたのです。この方法はとてもシンプルに事実を示しています。しかし骨芽細胞自体もTGF-βを分泌するためこのautocrine作用をブロックしたとも考えられるので、必ずしもEMDのなかにTGF-βが含まれているとまでは断言できないかもしれません。しかしEMDの作用に成長因子が関与するかどうかについては、確実に論争に終止符が打てる歴史的な結論だったと思います。

この最後のRT-PCRの結果が出たのはある真夜中のことで、ひとりで祝杯をあげました。この時点でquality paperになるだろうということは確信できましたが、それ以上にエキサイティングだったのは、論文の制作過程でした。次々に論理を組み立てていく過程は推理小説で探偵が犯人を追いつめるのに似ています。さまざまな証拠を積み上げて実証するのです。この論文は歯周病学の最高峰であるJournal of Periodontologyに掲載されました。ぜひ一度この論文のDISCUSSIONを読んでいただければと思います。そしてこの論文が論理的によくできているかを見ていただければと思います。(実際にはアクセプトされるにはreviewerから再実験の要請もあり、かなりの時間がかかりました。その話はまた改めて...)

エムドゲインの作用は.jpg和田義行・和田歯科クリニック・北海道札幌市南区藤野                               (日本口腔インプラント学会・専門医・指導医)